私は、いつになったら“大人”になれるんだろう?
そんな言葉が浮かんだことはありませんか。
年齢を見れば大人で、
それなりに”大人らしい”生活をしてきたはずなのに、
人の顔色が気になったり、
小さなことで不安になったり、
どこか心が追いついていない感じがする。
アダルトチルドレンの人は、
どこか身に覚えのある感覚ではないでしょうか。
私たちが思い描いてきた「大人」
私たちがイメージする「大人」は、
- つまずかない
- 感情に振り回されない
- 人に迷惑をかけない
こんな印象ではないでしょうか。
でもそれは、
安心できない中で育った子どもが、
「こうなれたら大丈夫なはず」と
一生懸命思い描いた姿だったのかもしれません。
ACは「大人になれていない」わけではない
アダルトチルドレンは、
決して成長していないわけではなく、
子ども時代を安心して終えることが難しかっただけです。
・甘えられなかった
・守ってもらえなかった
・気持ちをそのまま受け止めてもらえなかった
そんな、心の奥に置きざりになった感情が
少し遅れて出てきただけで、
それは弱さや未熟さではなく、
とても自然なことだと思います。
「ACの解消=大人」ではなくていい
「ACが解消できたら、大人になれるんだろうか?」
そんなふうに思ってしまうこともあります。
でも、完全に不安がなくなることや、
気持ちが揺れなくなることをゴールにしなくても、
少しのことでも反応してしまう自分を責めなくても
良いのだと思います。
不安が消えることではなく、
自分との付き合い方が少しずつ変わっていくことが、
回復していくことなのだと思います。
私が思う「大人になる」ということ
私が思う「大人になる」ということは、
完璧になることではなく、
自分の人生を、
少しずつ自分の手に戻していくこと。
そんな感覚に近い気がしています。
たとえば、
- 誰かの不機嫌を、すぐ自分のせいにしなくなる
- 違和感を「気のせい」にせず、あとからでも自分の中で認める
- 無理をした選択に気づいて、「次は違う選択もある」と考えられる
- 過去を否定せずに、「これからどうしたいか」を考える
- 助けを求めることを、自分で選んだ行動として受け取る
これを全部できるようになる必要はありません。
迷ったり戻ったりしながらでも、
「自分を後回しにしていたな」と気づけたら、十分なのだと思います。
おわりに
不安や迷いがあっても、気持ちが揺れながらでも、
「私はどうしたい?」と自分に問いかけようとすること。
それができたら、
私たちはもう、誰かに人生を預けたままの子どもではないのだと思います。
アダルトチルドレンは、ある日突然「大人」になるわけではなく、
小さな選択を積み重ねていくうちに、
気づいたら、自分の人生を取り戻しているのかもしれません。
大人になるとは、
子どもの頃にできなかったことを、
今の自分がしてあげることなのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございます。
stand.fmも随時更新しています♪
▼https://stand.fm/channels/693d92238ddb67b39670c85f
心を整えるミニワークやチャット相談はこちらから
▼https://mochacocoro.base.shop/

